あなたが今まで飲んだ中で、いちばん美味しかったワインは何ですか?
ボルドー5大シャトーの長期熟成したグレート・ヴィンテージ?
それとも、
ブルゴーニュのトップ生産者のグランクリュの古酒?
私が生涯忘れられないワインは、バニュルスの1923年ものです。ラベルはなく、手書きで「バニュルス1923」書いた紙が貼ってあっただけなので、生産者は不明です。
あれは、もう20年ほども前のことです。フランスのリヨン大学での語学留学を終えて、帰国の準備を進めていた時のこと。
アンティーク商を営んでいる恩人のSさんが、「帰国前にうちのゴハン食べにおいで」と食事に誘ってくださったのです。Sさんには、ふだんから、美味しい食事とワインをよくごちそうになっていました。
そして、最後の食事の日に、「日本のお父さんとお母さんと一緒に飲んでね。」とプレゼントしてくれたワインが、1923年もののバニュルスでした。
バニュルスは、南仏ルーション地方で作られる甘口ワインで、チョコレートとの相性が良いと言われているデザートワイン。
骨董商のSさんによると、そのワインは、南仏のとある古いシャトーから10ケースぐらい出てきたもの。半分以上は売れて、十分な利益になったからフランス留学の記念に1本あげるよ、とのことでした。
当時は、私はすでにワインが大好きで、さまざまなワインを口にしていましたが、専門的な勉強をしたことはなく、「バニュルス」というワインの名前は初めて知りました。
それほど価値のあるワインではないから、ただでプレゼントしてくれたんだと思い、ありがたく持ち帰りました。
私が留学の行き帰りで往復したのは、1年オープンの安いチケット。南周りのシンガポール経由でした。
なにせ古いワインなので、預ける荷物には入れずに、機内に持ち込みました。
帰国は7月の頭。 日本は梅雨の時期とはいえ、30度になる日もある季節。
デリケートな古酒ワインを移動させるにはリスクが伴う時期でした。
そして、シンガポールを経由して、40時間以上かけて日本にたどり着いたころには、「バニュルス1923年」 は、ほんの少し、吹きこぼれていました。
これはまずい。。。
一刻も早く飲まねば、急激に酸化がすすみ、劣化して飲めなくなる。
時間との勝負だ!
ということで、急きょ、40時間かけて帰国した夜に、疲れと時差ぼけでクタクタだったけれど、実家の両親と3人で飲むことにしました。
ただでもらったワインだし、バニュルスって聞いたことないし、暑い時期に長時間かけて移動させたわけだし、
なんと言っても、吹いてる、、、
期待は、まったくしていませんでした。
ですが、なんと、、、
言葉を失うほど、美味しかったのです。
あの感動は、20年たった今でも忘れられません。
完璧な味わいだったのです。
これ以上美味しいワインなんて、この世には存在するわけがないと、飲んだ瞬間に悟りました。
それほど、美味しかったのです。
まだワインが好きではなかった当時の両親も、
飲んだ瞬間に、黙りこくってしまいました。
しばし沈黙が続いた後に、母が涙を流し始めました。
「おいしい。」
「おいしい。」
「こんなにおいしいワインを飲ませてくれて、ありがとう。」
「ありがとう」
色は、紅茶の色。もとは、赤ワインだったのか、白ワインだったのかも、もはやわかりません。(バニュルスでは、赤ワインも白ワインも作られています)
香りははっきりとは覚えていませんが、ダージリンの香りがしました。アンズやシナモンやバニラや紅茶の香りが、見事に融合した香りでした。
味わいは、完璧。悪い要素が、ひとつもありませんでした。ひとつたりとも。
口に含んだ瞬間に、寂しさを覚える味わい。これほど素晴らしいワインには、もう一生出会うことはないはず、とわかってしまう寂しさ。
それほどまでに、美味しいワインだったのです。
それを機に、ビールや芋焼酎ばかり飲んでいた両親が、ワインに目覚めたのは言うまでもありません。
とんでもないワインをプレゼントしてくれたSさん、心から、ありがとうございました。
絶対に無理なのはわかっているけれど、あのワインを、あの1923年のバニュルスを、もう一度味わいたい。